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ノーローン開発日誌

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こんなノーローンですが発売までにはこんなエピソードが・・・・
平成8年4月のとある土曜日

シンキは、土曜日も出社する幹部が多い。 何をするでもないが、みんなごそごそと机の上を整理したり、インターネットをのぞいたり、歓談したりしている。
土曜日は、だいたいみんなで仲良く昼食に行くことになっている。
その日は、総務部の尾崎部長、小野本部長、福田部長、磯部次長が連れだって、仲良く近所のお好焼き屋「味風船」へ行った。

鉄板を囲んで席に着き、注文を訊かれた尾崎部長は「チャンポン。」 とぽつりと答えた。
「何それ?」
「焼きソバとうどんをいっしょにまぜて焼いたやつ」
「信じられない!」と小野本部長があきれた。
およそ一般人には想像のつかない食べ物が関西にはある。

そこで、「チャンポン」を食べながら、商品開発の話題になった。
「想像のつかない商品がいい」と小野本部長が言った。
「利息をもらうのやめたらどうだろう?」と磯部次長がつぶやいた。
「それすごい」と福田部長がのった。
「どこでもうけるの?」と尾崎部長。
「もうからない」と磯部次長。
「信頼してもらえれば、長期的にはもうかる」と小野本部長。
「もうけよりも大事なものがある、という気がする」と福田部長。

チャンポンを食べ終えるまでに、全員がそれを商品化する気になった。
チャンポンは思っていたよりもいけたのだ。


平成8年5月

社長から、「利息をいただかないのなら、ネーミングは『ノーローン』ですね」というメールが課長以上で構成される経営会議のメンバー全員に届いた。
変な名前だが、鶴の一声なので変えにくい。
英語に強い中尾部長によると、noloanの直訳は「ローンなんて大嫌い!!」「お金ならかしません!!」になるとのこと。面白いかもしれない。

ただちに、プロジェクトチームが作られ、実現の可能性を探った。
シーザーが「賽は投げられた!!」と進軍したルビコン川にちなんだ「ルビコンプロジェクト」は、消費者金融本部の社員を中心に毎日のように 会議を開き、研究を続けた。

金融業にとって利息を取らないと宣言することは、致命的である。
最初は各メンバーともリスクにおびえ、不可能性を検証する会議に終始した。
クレジットカード会社をはじめとする同業各社が、近年、特に1週間程度の 短期キャッシングを高収益分野として戦略化しつつあることも周知の事実であった。
しかし、しだいにノーローンは公的サービスをになうのだ、という使命感に重点が移って行った。
そして、ついに5月下旬、プロジェクトは、短期分野の収益をすべて捨て去ることを決議し、会長に上申した。

金融一筋40年、最初は戸惑いを見せた会長も、会社の新時代到来を承認、意外にすんなりとOKを出した。話がわかる人である。

利益還元策ではあるものの、「ノーローン」は、会社のイメージ向上に重要な役割を果たすと見たプロジェクトは、ただちに、商品開発と広告計画を並行して開始した。
まず、ネーミングと商品内容に問題がないかどうかを公正取引委員会に問い合わせた。ネーミングにも特に問題はないとのこと。ただし、広告の場合には、商品内容をきちんと明示するようご指導を受ける。「『ノーローン』だけでは一般の人には何のことだかわかりませんから」

広告に起用するタレントは、インテリっぽくてさわやかなジョン・ローンに決定。 交渉を開始した。ノーローンとジョン・ローンとでは、苗字が同じである。

経営企画室の情報システム課にコンピュータシステムの開発を依頼した。


平成8年6月

発売日は、10月1日に決定、同時に発売キャンペーンとして、山手線沿いに20のショップを同時オープンさせることにし、ビル探しを開始。

ノーローンは、社外秘として機密事項になっていたが、プロジェクトチームのリーダー福田、熱い思いをおさえきれず、つい父親(70才)に「利息をもらわないことにしたんだけどどう思う?」と相談する。
返ってきた父親の答は、「そんなコトしたらおまえ、会社がめげてまうやないかい!!(=会社はこわれてしまうよ。)」
時を同じくして、応対マニュアルが完成。

ジョン・ローンの返事を待った。


平成8年7月上旬

東京都区内に新設するノーローンショップ店長候補者の自己推薦、社内推薦によるオーディションが開かれ、今年度新卒242名の中から精鋭12名が選出される。
業務とマナーの大特訓が始まる。

ジョン・ローンの返事を待った。

ロゴマークが決まった。


平成8年7月下旬

店舗デザイナー安部さん(女性)と出会う。プロジェクトの面々、その人柄に惚れ、ノーローンショップの全デザインをお願いする。クールなショップができそうだ。

契約書に貼る印紙代をお客さまから頂くか頂かないかで、3日間もめる。
お客さまが財布を忘れてこられた場合のことを考えると、いただかないことに せざるを得ないと決定。カードの発行手数料も一切なし、年会費もなし、銀行振込さえ無料でおこなって完全なレスキューサービスにすることになった。
やるときは徹底する社風である。


平成8年8月上旬

本社に12名の選抜者と消費者金融本部の全幹部が集まり、ノーローン決起大会を開いた。とにかくマナーと笑顔、頼りがいのあるお医者さんやお巡りさんのようになることを決意。

炎天下、汗で背広をどろどろにしながらドリンク剤を飲み、連日、不動産屋まわりを続けていた営業企画課の服部課長、ついに20店舗目の賃貸契約を完了。
涙が出た。


平成8年8月下旬

ジョン・ローンから「商品名がノーローンなら出ない」と最終的な返事が戻り、タレントなしで行くことになった。

ジョン・ローンが出ない分、あざやかなイメージを、と考えた広告担当の森田、「金利が消えた。1週間無利息キャッシング ノーローン 全国一斉新発売」というコピーで、業界の広告承認を申請。
審査委員の方から、「ちょっと刺激的すぎるんじゃないでしょうか?」と再考を求められる。
同情を誘おうと小野本部長に相談したところ、「当たり前だ。金融業の本質は、革新性と節度だよ、節度」とたしなめられる。
「節度」、「節度」と何度もいわれ、結局広告コピーは、
早く返せばいいことあります。1週間利息割引キャッシング
に落ち着く。くやしいが、「これなら、節度がある」と森田も思う。
「金利が消えた」は、広告ではなく、社内向けポスターや来店者用パンフに採用することにしたが、いつかはこれで全面広告を出してみたい、と広告担当者らしい夢を見た。


平成8年9月

雑誌、新聞の出稿締切が続々と到来し、森田に眠れない夜が続く。
週刊現代、週刊ポスト、週刊宝石、スパ、ブルータス、ポパイ、ハナコ、アンアン、ターザン、フォーカス、フライデー、フラッシュ、レタスクラブ、女性自身、女性セブン、週刊女性、朝毎読、日経、 東京、フジ、ゲンダイ、サンケイスポーツ、スポニチ・・・etc.
これでは、広告ターゲットはないに等しい。
キオスク依存症?広告に節度は保てたが、節操はないようだ。

発売まであと2週間という時点で、やっとテレビCMが完成。間に合ってよかった。

「無利息でご利用になるお客様が増えすぎて、大幅赤字になる夢を見た」と経営企画室の竹田室長が発言。
「内外の投資家に申し訳が立たない」そうだ。


平成8年10月

失敗になるのか、成功になるのかは誰にもわからない。
第一、どのようになれば失敗で、どのようになれば成功なのかもつかめていないのだ。
皆目見当がつかないまま、山手線沿いに20のショップが同時オープンするとともに、チャンポンのように常識を越え、想像がつかない新商品「ノーローン」は発売された...。

シンキが、日本で最も愛され、最も頼りにされる金融機関になれますように...